織田夢海選手

織田夢佳選手が階段に座り、スケートボードを立てている写真
競技スケートボード
プロフィール
生年月日2006年10月30日
出身名古屋市
所属サンリオ

街中の手すりや障害物を模したコースで演技を行う「スケートボード・ストリート」種目で世界ト ップクラスの実力を誇る。7歳でスケートボードを始め、11歳の時に第2回日本スケートボード選手権で2位に輝く。

2022 年には、日本代表として参戦した国際連盟主催の Pro Tour で表彰台に上がると、最も権威あるコンテストである Street League Skateboarding(以下、SLS)と X Games から改めて招待を受け、連続で表彰台 に。

SLS では単一トリックに付く得点として女子史上最高・女子史上初の9点台 (9.4 点)を叩き出した。
ここ一番での勝負強さが魅力の世界トップスケーター。

主な成績

2018年第2回 日本スケートボード選手権大会 2位
EXPOSURE 2018 AM14&UNDER STREET 優勝
2022年Street League Skateboarding(以下、SLS) 優勝
単一トリックに付く得点として女子史上最高・女子史上初の9点台(9.4点)をマーク
2023年World Skateboarding Tour Street World Championship 2023 優勝
2024年X Games Ventura ベストトリック 優勝
SLS Apex 優勝
2025年第8回 日本スケートボード選手権大会 優勝(史上初3連覇)

織田夢海選手に迫る!

世界王者を育てた、高架下のスケートボードの聖地

名古屋市の中心部、名古屋高速の高架下にある若 宮大通公園。いまにも雪が降り出しそうな寒空の下、 小学生から10代、20代、上は50歳くらいまでだろうか、 幅広い年齢の男女がスケートボードを片手に続々と 集まってくる。

お父さんに手を引かれながら恐る恐る滑る女の子、 オーリーの練習をする高校生4人組、縁石や手すりを 模した「セクション」に飛び乗って繰り返し技の練習を するスケーターの姿もある。誰かが高難度な技を決め れば、自然と拍手と歓声が沸き起こる。

賑わうパークの 喧騒を切り裂くように、ひときわ高く、鋭い音を響か せてトリックを決める女性スケーターがいた。2023年 世界選手権金メダリスト、織田夢海だ。
愛知県名古屋 市出身の彼女は、子どもの頃から若宮大通公園を“ホー ムパーク”のひとつとしてきた。

「大会中はライバル選手とバチバチになったりする こともあるんですけど、技をメイクした時にはみんなで ハグをして称えあったり、一緒に喜び合えるところがスケボーの魅力だと思います。難しい技、新しい技に 挑むときは誰もが怖いです。そういう時に、周りの人た ちがみんなで盛り上げて、背中を押してくれるんです」

現在19歳の織田選手だが、競技歴は10年以上。
7 歳の時に、叔父の勧めで「スノーボードのオフシーズ ンのトレーニングとして」スケートボードを始めた。
最初は地元のスクールに入り、ランプと言われるU字型 の施設で滑った。「坂を下る時のスピード感が楽しく て、すぐにスケボーに夢中になりました」。

大会に出場 すると、いきなり3位に。
「それからは、もっといろいろ な大会に出たいと、毎日スケボーを練習するようにな りました」

スケートボードを抱きかかえる写真

トリック(技)を覚えるにつれて、ストリート競技の 楽しさに魅了された織田選手は、若宮大通公園や庄 内緑地などに足を運ぶようになる。

「小さい頃は知ら ない人が滑っているところに入っていくのに結構勇気 がいりました。でも、少しずつスケボー仲間ができて、 トリックを教わったり、いろいろな話をしたり。仲間の 存在によって、スケボーをする時間が充実していきま した」。

その中には、日本の女性スケーターの先駆け で、若宮大通公園スケートパークのリニューアルに携 わったKAMAさんこと宮本美保さんもいた。
世界で活 躍する先輩スケーターに刺激を受け、織田選手も世界 が注目するトップスケーターへと急成長していった。

スケートボードパーク内で撮影した写真

愛知・名古屋2026アジア競技大会で、 過去の自分を更新へ

織田選手の代名詞は、女子選手では彼女にしかで きない「キックフリップフロントサイドフィーブルグラ インド」。ボードを縦横に1回転させて構造物に飛び乗 り、後輪のトラック(車軸)部分で滑る技だ。

2022年 のSLS(Street League Skateboarding)ジャクソン ビル大会では、単一トリックに付く得点としては女子 史上最高・女子史上初の9点台 (9.4点)を叩き出した。 この得点は今も更新されていない。

実はこの高難度の技は、悔しさによって磨かれたも のだった。

「東京2020のために用意していたのですが、五輪の 選考に漏れてしまい、披露できずに終わってしまいま した。その悔しさから練習を重ね、翌年の大会で9点台 を出すことができました。とても自信になりましたね」

キックフリップフロントサイドフィーブルグラ インドをしている様子

スケートボードの採点には絶対的な基準がない。同 じ技でも大会ごとに評価基準が変わり、今日の新技 は1年も経てばその鮮度を失っていく。
「だから、どん どん新しい技に挑戦していかないと、勝つことは難し い」。
目まぐるしく進む世界で、織田選手は常に未知の 領域に挑み続けている。

昨年11月のスケートボード・ストリートの日本選手権 では、後ろ向きに構造物へ飛び乗って前輪の車軸を斜 めにかけて滑り、板を縦1回転させて着地する「バック サイドKグラインド・ノーリーフリップアウト」を成功さ せ、大会3連覇と愛知・名古屋2026アジア競技大会 への出場が内定した。

「地元・名古屋で開催される大会に絶対出たいと 思っていたので、すごくプレッシャーがかかっていたの ですが、練習通りにやればできると信じて臨みました。 苦手なランでミスなく滑りきることができたし、ベスト リックも決めることができて、少しは成長できたかな と思います」

地元での大舞台に向けて、新たなトリックにも挑戦 している。「自分にしかできないトリックを出したいと 思うので、ぜひそこに注目してください」

パーク内をスケートボードで移動する写真

アジア大会への意気込みをいただきました!