~アジアパラ競技大会に出場する選手を応援しよう~

アジアパラ競技大会に出場する選手を知って、選手を応援するシリーズ。
今回は、パラバトミントンの今井大湧選手に話を聞いた。

■高2でいきなり日本一! でも海外に強敵が 

自分らしく、しつこく、そして泥臭いプレーで観客の皆さんを熱狂させたい――。パラバドミントン男子シングルス(上肢障害SU5)の今井大湧選手はそう話す。1998年8月11日生まれ、愛知県津島市出身。2021年の東京、2024年のパリと2大会連続でパラリンピックに出場し、いずれも5位入賞を果たした。世界選手権でもメダルを獲得してきた日本を代表する選手の一人だ。そしてこの秋、今井選手にとって特別な舞台が待っている。出身地の愛知県を舞台に国際大会が開かれ、アジアの強豪を相手に戦うからだ。

「シャトルを拾って拾って拾いまくる。それが僕のプレースタイル」

名前は「大きく湧く」と書いて、「たいよう」と読む。「『太陽のようにおおらかに』という思いに加え、姓に含まれる『井』という漢字にちなんで井戸から水がこんこんと湧き出るように、井の中の蛙にならないようにという戒めも込めて父親が名付けてくれました」

数か月前まで体重は77㌔ほどあったが、練習で絞り込んだ影響で「今は73㌔」

今井選手とバドミントンとの出会いは、小学4年生の時。仲の良い友人がバドミントンをしていたことがきっかけだった。中学では地元のクラブチーム、高校では名古屋市にある愛工大名電のバドミントン部で健常者に交じって競技を続けた。「高校2年生の終わりまで、パラバドミントンという競技の存在すら知りませんでした」と今井選手は話す。

生まれながらにして右手が欠損。「周囲の人は気を使ってくれますが、日常生活で困ることはほとんどありません」

転機をもたらしたのは父親の一言。パラバドミントンが東京パラリンピックから正式競技になることを知り、「やってみたら」と勧められた。しかし、当時の今井選手は必ずしも乗り気だったわけではない。新しい環境に飛び込むことが得意な性格ではなく、高校での部活動にも力を注いでいたからだ。

そんな今井選手の背中を押したのは、部活動の顧問だった。「東京パラリンピックまであとわずかだから、チャレンジしてみなさい」。その言葉を受け、「1回だけ」と出場したのが、高校2年生の終わりに行われた日本選手権だった。結果は、シングルス優勝。パラバドミントンを始めて最初の大会で、いきなり全国の頂点に立って、「自分が一番驚きました」。

マレーシアのライバルにはまだ勝ったことがない。「だから、今度は絶対に勝ちたいんです」

高校3年生で出場した初めての国際大会では決勝で敗れたが、そこで対戦したマレーシアのベテラン選手の高度な技術に支えられた強さが強烈に印象に残った。「こんなに強い人がいるんだ」。そして、その選手に勝ちたいと思ったことが、今井選手の競技人生をさらに前へ進める原動力となった。

2017年には世界選手権で男子シングルス3位、ドバイアジアユースパラ競技大会では男子シングルス優勝を果たす。その後も実績を積み重ね、東京、パリと2度のパラリンピックに出場。2022年の世界選手権では3位、2024年の世界選手権でも3位に入った。パリパラリンピックでは混合ダブルスでも7位に入賞している。

■「泥臭い」プレーで世界を転戦 経験もパワーも充実  今井選手が自らの武器として挙げるのが、パワーを生かしたスマッシュと、相手のショットを何度でも拾い続ける粘り強さ。「自分自身、技術のある選手ではないので、とにかく相手よりも動いて、何でも拾って、泥臭く戦っているところを大会では見ていただきたい」と今井選手は話す。相手の強烈なショットに食らいつき、簡単にはポイントを渡さない。そして、チャンスが来れば179㌢の長身から力強いスマッシュを打ち込む。その組み合わせが、今井選手ならではのプレースタイルだ。

地元で開かれる国際大会で優勝することが悲願

パラバドミントンは、半面のコートを使う「車いす」と、上肢障害、下肢障害、そして低身長の「立位」に分かれ、障害の程度により区分けされたクラスごとにメダルを争う。選手それぞれの身体的な特徴を生かしながら、どのように相手を崩すか。その違いが戦術にも表れる。「障害によって、いろんなスタイルがあり、障害の特性を生かした戦い方があるところが面白い」と今井選手は話す。

今年に入って、今井選手はさらに調子を上げている。9月に日本で行われた国際大会では、決勝であのマレーシア選手に敗れたものの、10月に開かれる国際大会に向けて手応えを得たという。実際、今井選手も「今が一番、脂がのっている」と話す。今年の8月で28歳となり、これまで世界各地を転戦してきた経験と、現在の身体的な力がかみ合っていることを実感しているからだ。

今井選手にとって、愛知県で開かれる国際大会には思い入れも強い。現在は神奈川県を拠点に活動しているが、名古屋市は、高校時代を過ごし、パラバドミントンに取り組み始めた思い出の場所でもある。「帰省のためなどでJR名古屋駅に着くと、新幹線のホームにある立ち食いの店できしめんを食べたくなります」と今井選手は笑う。高校時代にはナゴヤドーム近くのイオンにも友人とよく出かけたという。「地元ではその店に出かけることを『ドムジャ』って言うんです」

普段の今井選手は、意外なほど飾らない。休日は家で映画やドラマを見て過ごすインドア派。ストレス解消法は「もっぱら寝ること」。海外遠征が多いにもかかわらず、環境が変わってもよく眠れることを自分の強みだという。そんな親しみやすい素顔も、コートに立つと一変する。靴ひもをいつもより硬く結び、ソックスを引き上げるのがルーティーン。気持ちが高まるほど、「ギュッと締めたくなる性格」。そこから始まるのは、最後まであきらめない戦いだ。「ガッツのあるプレーを、地元のコートで精いっぱい表現する姿を、一人でも多くの方に見ていただきたい」