~アジアパラ競技大会に出場する選手を応援しよう~

アジアパラ競技大会に出場する選手を知って、選手を応援するシリーズ。
今回は、パラ陸上の石田駆選手に話を聞いた。

■スポーツ推薦で大学入学直後、骨肉腫のため大手術

身長171㌢、体重58㌔の引き締まった体型。4月に誕生日を迎えて27歳になった石田選手は、今年に入って調子が上向いている。昨年、怪我をして競技会への出場が限られていたが、今年は4月以降、毎月、国内外の大会に出場。6月に石川県で行われたパラ陸上の大会では100㍍で10秒73、400㍍で48秒66を記録し、それぞれ日本新記録を達成した。そうした波に乗り、今年10月、地元・愛知県で開かれる国際大会ではさらなる高みを目指している。「好調な今年を締めくくる意味でも、日本記録の更新はもちろん、アジア記録にも挑戦するつもりです」と石田選手は笑顔で話す。

走ることが子供のころから好きで、気が付くと自然に陸上競技を選んでいたという石田選手

陸上選手だった父親が「駆」と名付けたように、幼い頃から走ることが大好きだった。ただ、出身の岐阜県各務原市には陸上競技のスポーツ少年団がなかったこともあって、小学生時代はどちらかと言えばピアノや書道を楽しむインドア派だったという。「走るのは速かったので、運動会の時、リレーの選手には選ばれていましたけど……」と石田選手は話す。

本格的に陸上競技を始めたのは中学で陸上部に入ってから。もっとも入部当初は、400㍍のタイムが66秒程度で、ゴールすることが「何よりの目標」だったのだとか。ところが、練習を重ねるに従って、才能が開花し、全国大会にも県代表として出場するようになった。スポーツ推薦で、強豪校の私立岐阜聖徳学園高(岐阜市)に進み、陸上競技部に入ってインターハイなどで活躍。そうした成果が認められ、愛知学院大(愛知県日進市)へもスポーツ推薦で進学した。ところが、陸上選手として、これからという時に大きな壁にぶち当たった。

陸上選手だった父親が「駆」と名付けたように、幼い頃から走ることが大好きだった。ただ、出身の岐阜県各務原市には陸上競技のスポーツ少年団がなかったこともあって、小学生時代はどちらかと言えばピアノや書道を楽しむインドア派だったという。「走るのは速かったので、運動会の時、リレーの選手には選ばれていましたけど……」と石田選手は話す。

本格的に陸上競技を始めたのは中学で陸上部に入ってから。もっとも入部当初は、400㍍のタイムが66秒程度で、ゴールすることが「何よりの目標」だったのだとか。とろころが、練習を重ねるに従って、才能が開花し、全国大会にも県代表として出場するようになった。スポーツ推薦で、強豪校の私立岐阜聖徳学園高(岐阜市)に進み、陸上競技部に入ってインターハイなどで活躍。そうした成果が認められ、愛知学院大(愛知県日進市)へもスポーツ推薦で進学した。ところが、陸上選手として、これからという時に大きな壁にぶち当たった。

体の左右のバランスを調整しながら力強い走りを披露する (©トヨタイムズスポーツ)

左上腕部に違和感があり、触ると、しこりのように腫れている。2018年4月、大学1年生の春のこと。翌月、検査入院をすると、骨肉腫であることがわかり、治療は左腕を切断するか、腫瘍摘出をして人工骨を置き換える手術をするかの2択だという。「もう、目の前真っ暗」。アスリートとしての活動の余地がより残されている後者を選び、13時間にも及ぶ手術に耐えた。手術で左肩周辺の筋肉の多くを失い、8月からリハビリを開始。家族や陸上の仲間に支えられ、軽い運動を再開できたのは、手術を行ってから半年以上経った2018年末のことだった。

2019年1月から部活で本格的に練習を再開し、パラアスリートとしての可能性に関心を持ち、その年の7月にはパラ陸上の大会に出場。「競技場に立って、やっと戻ってくることができたと思いました。『ただいま』という感覚で競技に臨みました」。100㍍と400㍍で、いきなり日本記録を更新し、100㍍では高校時代の自己ベストを上回った。「そんなことがあるのかと、自分が一番驚きました」と石田選手は当時を振り返る。

ドライブは趣味の一つ。試合会場にも愛車で駆け付けるという 

■残された身体のメカニズムから独自の走りを探求

手術によって、左肩の可動域が狭くなり、左腕は腰より後ろに上がらず、前へも脇から40度程度しか動かせない。それ以上、動かそうとすると痛みが走り、左肩に負担がかかるため、競技の時には左肩を固定する特殊な装具をつけて走る。「左肩を十分に動かせないことから、肩甲骨を使って体のバランスを取りながら走れるようフォームの改善に取り組んできました」

障害によって失われた機能をただ補うのではなく、残された身体のメカニズムを探求し、これまで使っていなかった筋肉を使いながら、自分にしかない走りを創り上げることを心がけている。例えば、スタート時は両手をつくと腰を高く上げられないので、右手だけをついて行う。右脚の股関節も、左肩の障害の影響で左脚より硬くなってしまう。そうしたアンバランスを補うために、お尻を前にぐっと押し出すことで推進力を生むフォームの改善に岡戸成樹コーチと共に取り組んだ。それが走るときの出力につながり、今年の好調につながっているという。

片手をついた独特のスタイルでスタートする (©トヨタイムズスポーツ)※左から2人目が石田選手

現在取り組んでいるのはスタート時の歩数。スタートから10~20㍍間の歩幅を広げ、歩数を少なくすることで、推進力を維持したままゴールまで一気に駆け抜ける。「バージョンアップした走りを秋の国際大会で見ていただくことができるはず」と石田選手は話す。

昨年5月に結婚し、愛知県長久手市で生活する。朝晩の食事作りや栄養管理は妻の優佳さんが担い、「それが好調の原因では?」と石田選手に尋ねると、顔が緩んで頭を何度も縦に振った。オンとオフをきっちりと分けるタイプで、練習をしないときは趣味のピアノを弾いたり、愛車の真っ白なレクサスを運転してドライブに出かけたりする

結婚して、競技を支えてもらえていることが好調な成績にもつながっているという

大学に進学して以来、愛知県での生活が長くなり、休日には、リフレッシュを兼ねてJR名古屋駅に近いミッドランドスクエアにある高層展望台「スカイプロムナード」を訪れることも多いという。「好物も名古屋のソウルフード、味噌煮込みうどんです」。試合前のルーティンも「うどんを食べること」だという。今ほしい物はマッサージチェア。自らの体調管理に加え、自分のために色々と尽くしてくれる妻の疲れを癒やすためだという。

大会前の朝にはうどんを食べてから出かけるのがルーティンだという (©トヨタイムズスポーツ)

今秋の国際大会でアジアの頂点を目指し、その先に「世界」を見据える。さらにパラアスリートしての活躍はもちろん、健常者の陸上競技でも日本代表に入る「二刀流」も夢見ている。「声援を送っていただいた方たち、会社の同僚、そして私を支えてくれる家族。みんなに感謝しながら、石田駆にしかできない走りをお見せしたいと思っています」