~アジアパラ競技大会に出場する選手を応援しよう~

アジアパラ競技大会に出場する選手を知って、選手を応援するシリーズ。
今回は、パラ柔道の石井亜弧選手に話を聞いた。

■国際大会を戦い20年 大舞台の緊張感を何度でも

視覚に障害のある選手が競うパラ柔道は、互いに襟と袖をつかみ合った状態から試合が始まる。試合中に2人が離れると、主審が「待て」をかけ、再び試合開始の位置に戻って組み直す。常に組み合った状態で激しい攻防が繰り広げられるため、一瞬たりとも気を抜けない。逃げたり時間を稼いだりすることができず、真っ向からの力と技のぶつかり合いがパラ柔道の魅力でもある。

「相手と組んだ瞬間に試合は始まっています」と話す石井選手

「組み合った瞬間に、相手の力量が伝わってくることもあります」と石井亜弧選手が話すように、相手を見ることだけに頼らず、触覚や聴覚、そして長年の経験によって培われた身体感覚が、パラ柔道では重要となる。相手のわずかな体の動きや力の変化を全身で感じ取り、次の一手を素早く繰り出していく。自らの柔道スタイルは「ガツガツ、攻めにいくタイプ」。得意な足技を中心に、小外刈りや大外刈りなどを仕掛けながら、払腰などの別の大技へとつなげ、試合経験を積み重ねてきた。 柔道との出会いは中学生の時。体育の選択授業で柔道を経験した。武道をしたことがなかったので、そのこと自体に興味を持ったという。当時、すでに視力が落ち、デコボコしたところで躓いてけがをすることが多かったので、「柔道をすることで、転んだときの受け身を習いたいという思いもありました」と石井選手は当時を振り返って笑う。

「受け身を習えば、転んだときもけがをしなくて済みそうと思っていました」と笑って話す石井選手

その後、街の道場で一般の柔道に取り組んでいたが、視力が徐々に低下し、柔道を続けるか迷った時期もあったという。そんな時に、同じ愛知出身で視覚障害者柔道の選手としてパラリンピックなどで活躍していた廣瀬誠さんと出会った。そこでパラ柔道という競技の存在を初めて知り、「視覚に障害があっても、好きな柔道を続けられる」と喜んだ。視力の低下を理由に柔道を諦めるのではなく、競技の形を変えて歩み続ける――。その決断が、その後の石井選手の長い競技人生につながった。

1989年生まれの石井選手の国際舞台での歩みは20年以上前から始まった。2006年にマレーシアで行われた国際大会に出場し、2014年に韓国で開かれた大会で銀メダルを獲得。2016年にはリオデジャネイロ・パラリンピックに出場し、7位に入賞した。2018年のインドネシアで開かれた大会でも52キロ級で銀メダルを獲得し、2019年に東京で開かれた国際大会では優勝を果たしている。数々の国内外の大会に出場し、華々しい戦果を残してきた日本を代表するベテラン選手の一人だ。

逃げたり、時間稼ぎをしたりできないパラ柔道は、真っ向から戦う激しいスポーツ

なかでもリオで開かれたパラリンピックの出場は、石井選手にとって特別な経験となった。地球の裏側で開催された大舞台に立ったことで、国際大会ならではの緊張感や雰囲気を肌で感じた。試合を終えた後の取材でも「あの感覚をもう一回経験したい」と語っており、パラリンピックを日本代表として再び目指す大きな原動力となっている。

その一方で、競技生活には体重管理という厳しい現実もある。石井選手はこれまで、48キロ級、52キロ級、57キロ級などで戦ってきた。現在は52キロ級を主戦場としており、9月の取材時も10月に出身地の名古屋市で開かれる国際大会に向けて減量中。国内外の大会を転戦しながら、次の試合に向け、自らの体重を含めて体調を万全に管理することは、トップアスリートにとって欠かすことのできない日常でもある。

取材した9月は減量中。日本酒が好きだと言うが、「減量期間中は一滴も飲みません」

そうした苦しい過程を経ても、「できる限り競技を続けていきたい」と石井選手は話す。その言葉には、長く競技を続けてきた選手ならではの強い意志が込められている。今秋、名古屋で開かれる国際大会で成果を残し、その先に米・ロサンゼルスで2028年に開催されるパラリンピックを見据えている。「リオ大会から10年以上の時を経て、もう一度、世界最高峰の舞台に立つことを目指しています」

試合の前にはSMAPの『世界に一つだけの花』やアニソンなどを聞いて、心を落ち着かせるという

■感覚を研ぎ澄ませ真っ向対決 パラ柔道の魅力伝えたい

競技以外の石井選手は、柔道の試合で見せる鋭い表情とは異なって、柔和な表情を見せる。趣味はイラストを描くことや散歩。アニメのイラストや花などを描くほか、出かけた先では周辺を散策することも楽しみにしている。遠征先について事前に調べ、土地の名物や食事を楽しむこと、いわゆる食べ歩きも好きだという。身長154㌢で、休日には流行の服を探すのが好きな、どこにでもいる「女子」だ。

現在は東京を拠点に活動しているが、生まれも育ちも名古屋ということもあって、「地元愛」も深い。味噌煮込みうどんや味噌おでんなどの名古屋めしはもちろん大好き。お祭りの時の屋台などで出され、エビせんべいを鉄板の上で焼き、お好み焼き用ソースを塗って、その上に卵焼きなどの具を挟んで食べる「たません」や、老舗の和菓子店で販売している「鬼まんじゅう」などのソウルフードも「たまりません」と石井選手の表情が緩んだ。

石井選手は、世界の舞台で戦うだけでなく、講演会や体験会などを通じて、視覚障害者やパラ柔道について知ってもらう活動にも取り組んでいる。競技を通じて自身の可能性に挑戦するだけでなく、パラ柔道という競技そのものを知ってもらいたいからだ。「見る」ことだけが、相手を知る方法ではない。組んだときに伝わる力、足元から伝わる感触、これまでの経験。そして、次に何をするかを自分で判断する力。石井亜弧選手は、そうした感覚を研ぎ澄ませながら、畳の上で戦い続けている。「名古屋の大会は、出身地での開催なので、自分に足りないものを見つけ、それを克服して全力で試合に臨み、よい結果を残したい」。そうすることで、パラ柔道の魅力をより幅広く伝えていきたいと思っている。

感覚を研ぎ澄まし、相手と組んだ瞬間に実力がわかることがあるという