~アジア競技大会に出場する選手を応援しよう~

アジア競技大会に出場する選手を知って、選手を応援するシリーズ。
今回は、陸上競技の井戸アビゲイル風果選手に話を聞いた。

■ジュニア陸上クラブが原点 走ることが純粋に楽しく

身長165㌢、体重56㌔、年齢25歳。若さはじける日本短距離競技の第一人者を、「今、最も脂がのっている」と讃えるのは的外れだろうか。いずれにしても、井戸選手の最近の活躍はそれほどめざましい。2025年の8月に山梨県で開かれた大会の女子200㍍で22秒79を記録し、日本新記録を達成。名古屋開催の日本選手権では100㍍と200㍍で優勝し、2年連続で2冠を成し遂げた。「しかし、世界はもっと手強いので……」と、今秋、愛知県で開かれる国際大会、その先の2028年、米・ロサンゼルスで行われる五輪での疾走を井戸選手は見据えている。

試合前のルーティンはアップテンポな曲を聴いてモチベーションを上げること。「最近はK-POPにはまっています」と話す井戸選手

福島に来て、昨年初めて同僚らと芋煮会を体験した。「みそ味で、とてもおいしかったです」

陸上競技と出会ったのは小学3年生の時。日本人の母とジャマイカ系英国人の父の間に生まれ、体格にも恵まれて足も速かった。そこで、生まれ育った岐阜県美濃加茂市で開かれた地区大会で100㍍に出場すると、あえなく予選落ち。「母親によると、相当悔しがっていたそうです」。その悔しさがばねとなって競技を続け、翌年の大会では4位入賞。子供ながらダイナミックな走りが目に留まり、誘われて地元の美濃加茂ジュニア陸上クラブに入った。 2026年6月、美濃加茂市が前年9月に創設した市民栄誉賞の第1号として表彰された際も、「クラブでの活動が私の始まり」と井戸選手は話している。実際、クラブに入って、走ることが純粋に楽しく、誰よりも速くゴールを走り抜ける感覚に魅了されたという。実績も伴うようになり、美濃加茂市西中時代には、全国大会やジュニアオリンピックなどでも優勝し、全国的に注目されるように。「高校から県外に出て、落ち込んだり、成績が伸び悩んだりした時も、クラブの恩師によく相談にのってもらいました」

高校は名古屋市の至学館高、大学は神戸市にある甲南大に進み、陸上競技を続けた。名古屋時代は練習の傍ら、休みの時に繁華街の栄にあるファッションビルで服を探したり、「赤から」という辛さの段階を選べる鍋に夢中になったりして、都会での学生生活も楽しんだ。そして、国際大会でリレーを一緒に走った松本奈菜子選手の所属していた東邦銀行(本社・福島市)に2024年4月に入行。午前中、市場金融部で資料作成などの仕事をした後、昼から福島大学に出かけて練習をしている。

競技と仕事の二刀流。「大変そう」と話しかけると、「競技も仕事も、自分を成長させてくれる大切なもの」と井戸選手は躊躇なく答えてくれた。銀行での仕事における責任感や対人スキル、そして困難に直面したときの冷静な判断力……。社会人としての経験は競技にも良い影響を与えているという。

仕事と練習。気持ちを切り替えるのにも随分慣れてきたという

■大会は恩返しの機会 誰かの背中を押せる走りを

日本では100㍍と200㍍の覇者だが、個人的には200㍍の方が「加速しやすい」と話す。200㍍はコーナーからのスタートなので、体を少し横に傾けたまま加速できる感覚があり、それが直線コースの100㍍にはないのだという。これからの課題は「筋力を付けること」。スタートの爆発的な加速を生むためには、どうしても筋力が欠かせないからだという。「でも、練習すると、どういうわけかやせてしまうんです」と井戸選手は笑いながら話す。「持ち味は後半の伸び」。400㍍の競技も走るので、持久力には自信があるという。

持ち味は後半の伸び。「持久力には自信があります」

あこがれの選手は、井戸選手が破るまで、200㍍の日本記録保持者だった福島千里さん。「子供の頃から現役で走っていて、走り方がきれいなので、それをまねしながら練習しています」。陸上競技には詳しくないが、「きれい」というのは競技の際に無駄な力が入っていないということだろう。個人的にも福島さんに接して、オンとオフがはっきり切り分けていることを感じ取り、「自分でも社会人として見習いながら実践しています」と井戸選手は話す。そうした影響の有無は明確ではないが、最近、車を購入したとのこと。「これで休日にいろんなところに出かけて、リフレッシュしようと思っています」

愛知でまもなく始まる国際大会は、井戸選手にとって特別な意味を持つ。学生時代を過ごした場所での舞台は、これまで支えてくれた人々への恩返しをする機会でもあり、自身の成長を証明する場でもある。「短距離走は、一瞬で勝敗の決まる競技ですが、選手ごとにやってきたことがずっとあって、いろんな気持ちで試合に臨んでると思います。その背景や瞬間を共有することで、競技をより楽しんでもらえると思っています」

2026年日本陸上競技選手権大会では100㍍と200㍍で、2年連続2冠を達成した。 「自分の走りで誰かの背中を押せたらうれしいです。」

もっとも、大会へ向けて、気負いは全く感じさせない。「競技で結果を出すことはもちろん大切。でも、それ以上に、自分の走りで誰かの背中を押せたらうれしい」。井戸選手がそう話すように、競技者としての責任と同時に、社会人としての経験を積むことで、一人の人間として社会とどう関わるかという思いも込められているようだ。